5人の斥候兵 日活(昭和13年(1938)
監督
 田坂具隆

撮影
伊佐山三郎

出演
 小杉勇
 見明凡太郎
 井染四郎
 伊沢一郎
この映画は昭和13年(1938年)に作られた。その前年の昭和12年に日支事変(日中戦争)が始まっている。映画は兵士が走り、激しい戦闘が行われている場面から始まるが、まずその臨場感がすばらしい。クレジットが出たあと場面は一転して村の門と思われるところに日章旗を掲揚する場面へと変わり、戦闘に勝利して村を占拠したことがわかるが、カメラは部隊全体を俯瞰してとらえるので、この部隊(岡田部隊)が極めて少ない(戦闘によって少なくなったというほうが正しいと思われるが)部隊であることがわかる。200名の部隊が 80名になったのであり、戦闘の激しさを物語っている。また、この掲揚の場における岡田隊長(小杉勇)の訓示によって、部隊が置かれた状況が把握される。

 岡田部隊長は、戦闘結果報告のために本隊に伝令を送り、歩哨の配置を終えるとともに 部下の兵に休息 を与えた。兵隊達は、武器の手入れや食事の支度をしたりして、しばしの休息を楽しむのであるが、そうしている間に本部から岡田隊に命令が下される。その命令とは、”本隊は総攻撃の準備中であり、岡田隊は前面の敵情視察して本部に報告せよ”というものである。かくして藤本軍曹を長とする五人の斥候兵が前面のショウハン村部落付近の 敵状視察に派遣 されるのである。

 五人の斥候兵は、敵情視察を3時間以内に行って帰隊せよとの命令の下に斥候任務につき、多数の中国兵、トーチカ等を発見するが、深く敵陣に入ったため、中国兵にも逆に発見されてしまう。ここから、五人の斥候兵と中国兵との リアルな(と感じる)戦いが 行われる。一方、岡田部隊の他の隊員たちは、帰隊予定時間を2時間以上過ぎても誰も帰ってこないため、五人の安否を気遣っていた。そんなときに、まず藤本軍曹が帰隊し斥候結果を報告し、順次の他の斥候兵も戻る。しかし夜になり雨になっても木口一等兵のみが帰ってこないため、他の兵隊達の不安が募り、3名の兵が捜索に行きたい旨を岡田隊長に願い出るが、岡田隊長からとめられたりする。

 そんな折、本部から明朝5時に総攻撃を行うという伝令がきた。やがて雨もやみ木口一等兵のみがふらふらになりながらも帰隊し、部隊全員が喜ぶのだった。翌朝、岡田隊長の訓示のあと、部隊は総攻撃参加のために 出陣してしていく。

この映画のカメラワークはすばらしく、すべての画面の構図が美しく、最近の映画(といってもそれほど見ていないので誤っているかもしれないが)も見習って欲しいものである。また特筆すべきは、兵隊を演ずる役者達が、本当の兵隊を連れてきて演じさせたのではないかと思えるほどに兵隊らしく見えることである。村を占拠後に、兵隊達がしばしの休息をとるところが結構長い時間使われているが、このときの兵隊達の笑いもよく、また岡田隊長が、陣中日記を書き続けており、それを読みなおすところも心に響いてくる。

 ところで佐藤忠男は、自分の著書「日本映画史2」で以下のように本作品を解説している。少し長いが、以下に原文の一部を引用する。

 ”この映画は、敵の中国軍を草むらの間からちらっと見える程度にしか視野に入れず、占領地の中国民衆の姿さえほとんど見ようとしない。見えない敵にナマナマしい敵意は生じないし、罪の意識も生じない。ただ敵地にあるという不安だけはあるから、戦友同士は身を寄せ合って心配し合わずにはいられない。それを描いたことをヒューマニズムだと批評家たちはいったのである。

 しかし、これはむしろ自分がひどいめにあわせている相手をまともに見ようとしなかったということであろう。『真実一路』『路傍の石』の田坂具隆の誠実主義は、ここでは、日本人同士だけが誠実に助け合えばいいという、身内に対する誠実主義の枠の中に厳しくとじ込められ、それが日本人以外の人間に対して持つ意味は無視された。これはこの時代の文化人・思想家たちさえも多くが共におちいった態度なので、田坂具隆ひとりをあげつらうことはできないが、彼はその傾向をもっとも典型的に現した映画作家であった。”

 佐藤忠男は、”この映画は、敵の中国軍を草むらの間からちらっと見える程度にしか視野に入れず”と書いているが、映画では五人の斥候兵と中国軍(正確には国民党軍)とは銃を撃ちあっているのであり、また至近距離でも戦っている。また”占領地の中国民衆の姿さえほとんど見ようとしない。”とも書いているが、村を占領した後の岡田部隊長の本部への伝令で、「部落の住人は非難しており」とあり、”見ようとしない”のではなく、見えないのであり、また当時の日本軍が村民の状況をもきちんと把握しようとしていることがわかるのである。

 佐藤は、この映画の中で中国民衆をどのように描くべきと考えているのだろうか。私的には、この映画に中国民衆(といっても占領した村の村民のみしか対象とできないが)を登場させる必然性を感じないし、またもし村民を兵隊達が助けるというような場面(かどうか知らないが)をいれたとしたら、この映画は駄作となってしまうように思われるのである。

 また、”日本人同士だけが誠実に助け合えばいいという、身内に対する誠実主義の枠の中に厳しくとじ込められ、それが日本人以外の人間に対して持つ意味は無視された。”ともいっているが、いったいこの映画から、どのようにしてこのようなメッセージを読み取ることができるのだろうか。そもそも誠実主義とはどういうものなか。手元の広辞苑には、残念ながら誠実主義なる用語は載っていない。岡田隊長が、総攻撃参加の前の訓示において、「東洋の平和、アジアの平和はかくしてきたることを確信する」と述べるところがあるが、少なくとも当時の兵士はこのように日本の枠の中だけを考えて戦っていたのではないのであり、この映画もそれを伝えているように思われる。

 いずれにしろ、この映画は第6回ヴェネチア国際映画祭でイタリア民衆文化大臣賞を受賞した(日本映画が初めて国際映画際で受賞)名作である。ビデオ化はされているが、残念ながらDVD化されていない。デジタル処理により高画質化されDVD化されることを期待したい。


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