監督
成瀬 己喜男
音楽
黛 敏郎
出演
高峰 秀子
森 雅之
団 令子
仲代 達矢
小沢 栄太郎
中村 鴈治郎
淡路 恵子
加藤 大介 |
戦後の日本が経済的にも復興しようとしていた頃の銀座のバーで働く女達、とくに高峰秀子さん演じる圭子と、圭子を巡る男たちを描いた名匠成瀬己喜男監督の秀作である。そして名監督の下に、優れた脚本家と名優達が参集すると、これほどまでに素晴らしい作品ができるのかと感嘆してしまう作品である。
『女が階段を上る時』というこの映画のタイトルは、それだけでもなんと蠱惑的であることか。公開された当時、もし上映している映画館の前を通りかかってこの映画のタイトルに気がついたら、たぶんその映画館に思わず知らず入ってしまっているであろう。
この映画の公開は昭和35年(1960年)であり、大東亜戦争が終わってからまだわずかに15年しか経っていない頃の銀座が、この映画の舞台である。
映画の主人公は、高峰秀子さん演ずる銀座のバーのマダム圭子である。圭子は、夫を交通事故で亡くし、母だけでなく、気弱で人が良いため妻に逃げられてしまった兄とその子までも面倒見なけらばならない状況に置かれている。そして圭子は、数年前に喫茶店のレジで働いていたところを、今のマネージャである小松(仲代達也)の口利きで、銀座のバーで雇われマダムとして働いていた。
映画は、この圭子と同じくバーで働く銀座の女たちや、美しい圭子を目当てにしている様々な男たちの織りなす人間模様を冷徹な視線で描いている。それにしても圭子の周囲に現れる男たちの、なんと人間臭く、そしていわゆる”悪人”というか”狡い人間”であることか。圭子の前に現れるこれらの男たちを少し見てみよう。
美濃部(小沢栄太郎)は、以前はしばしば圭子の店に来ていたが、そこで働いていたユリ(淡路恵子)に店を持たせて独立させている。しかしある時、圭子がユリの店を観察するために訪れたのだが、美濃部はユリの目を盗んで圭子を伊豆のゴルフに誘ったりするのである。そればかりではなく、ユリが借金を苦にして狂言自殺を図り、誤って死んでしまったのだが、その葬儀の日に借金を取り立てるような冷酷な男なのである。
関西の実業家の郷田(中村鴈次郎)は、独立して店を持ちたいと相談に来た圭子に、いわゆる”札びらきるように”お金を出すと言い、その代わりに自分の妾になることを圭子を求めるような金がすべてであるような男なのである。
美濃部や郷田は、いかにも明らかに悪人であることがわかるような人物達であるが、いかにも善人ぶった振りをしながら、圭子を騙す男たちもいる。
その妻の話によれば、”結婚を餌に女を騙し”、”見栄っ張りで嘘を言っている間に、自分でも本当だと思い込んでしまうような”風采の上がらぬ関根(加藤大介)という男もいて、一見如何にも善良な人間である。しかし圭子は、こんな男に”結婚”という言葉に騙されて身を任せてしまうのであった。また、実は圭子が好意をよせている男に、銀行の支店長である藤崎という男がいた。しかしこの藤崎(森雅之)は、大阪への転勤が決まっていながら、圭子と関係した後でそれを打ち明け、逃げるように大阪に家族と赴任してしまうような男でもあった。
そしてマネージャの小松は、秘かに圭子を愛していて圭子を見守ってはいるのだが、時には店の子にも手を出す。しかし、圭子が藤崎と関係したことを知ると、自分のことは差し置いて、圭子を詰るような男なのであった。
圭子を巡るこうした男たちを見ていると、多くの観客は”悪い奴だ”と批判的に思であろう。しかし冷静に内省してみれば、映画に登場する男たちがそれぞれに示した厭らしさ、卑怯さというものを、多かれ少なかれ、自分の中にも有していることに気付くのではないだろうか。
映画の中に、圭子の独白的な印象深い様々なナレーションが散りばめられている。オープニングとエンディングの例を示すと以下のようなものである。
(オープニング)
「秋も深い、ある午後のことだった」
「昼のバーは、化粧をしない女の素顔だ」
「そして夜がくる」
「あたしは階段を上がる時が一番嫌だった。上がってしまえば、その日の風が吹く」
(エンディング)
「あたしは真冬のような厳しい試練を受けた。しかし歩道の並木も冷たい風を受けながら、新しい芽を育てていく。あたしもそれに負けないように生きていかなければならない。風が当たれば、当たるほど。」
映画は、上記の圭子のナレーションの後で、バーの階段を前にして一瞬たじろいだ圭子が、思いを振り切るようにして階段を上り、バーのドアを開けた圭子の明るいが、しかし何かを堪えたような笑顔のアップで終わる。この映画を見た観客は、この圭子の笑顔に、何を想い、何を感じて映画館を後にしたのであろうか。それにしても高峰秀子という稀有の女優があったればこその映画である。けだし、真に名作と言うべきであろう。
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