女の中にいる他人 昭和41年(1966)
監督
 成瀬巳喜男

脚本
 井出俊郎

音楽
 林光

出演
 小林圭樹
 新珠三千代
 三橋達也
 草笛光子
 若林映子
 この映画『女の中にいる他人』は、タイトルからして秀抜であろう。このタイトルを聞いたら、多くの人が”どういう意味?”と思うのではないだろうか。このサイトでは、成瀬巳喜男監督の作品として、既に『乱れる』、『乱れ雲』、『流れる』等を取り上げたが、この『女の中にいる他人』は、殺人事件を取り扱った心理サスペンス映画の秀作であろう。

 この映画は、田代勲(小林圭樹)が何かを気にしながら歩いているところから始まる。そして、間もなく殺人事件が起きたことがわかり、その犯人が田代であることは容易に推測される。刑事事件の傑作である『刑事コロンボ』であれば、観客に明らかになっているこの殺人犯を、コロンボがどのように追い詰めるかということに映画の醍醐味があるわけであるが、この映画では、小林圭樹演ずる殺人犯・田代勲が追い詰められていくのであるが、それがコロンボとは全く趣を異にした映画なのである。

 ここで粗筋を述べたいのは山々ながら、未見の方のために差し控えておくことにするので、是非とも”女性映画の”名匠と謳われた成瀬巳喜男監督の心理サスペンスを実際に見て堪能してもらいたいものでる。次第に追い詰められていく殺人犯の田代は、市井の平凡な家庭の、それなりに有能で善良な雑誌編集者なのであるが、この善良であるが故に、心理的に追い詰められるという展開は見事である。

 成瀬監督は、例えば本サイトでも取り上げた『乱れる』等でも見られることであるが、日常の出来事を丹念に積み上げることによって登場人物達の心理やその変化を表現することが極めて上手い監督である。この映画で言えば、例えば雷雨によって停電になるが、このときの蝋燭の炎の揺らぎが、あたかも田代の奥さんの雅子(新珠三千代さん)の心の揺れを見事に表現しているのである。いずれにしろ、この映画について多くを語ることは、これから見ようとする方々には許されないことであろう。まだご覧になっておられない方は、是非とも実際に鑑賞し、職人監督成瀬巳喜男の世界を堪能して、これが映画というものであることを確認していただきたいものである。


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