宮本武蔵第二部 般若坂の決闘
監督
 内田吐夢

出演
 中村錦之助
 三国連太郎
 入江若葉
 丘さとみ
 月形龍之介
 黒川弥太郎
 宮本武蔵第二部では、沢庵により姫路城天守閣に万巻の書とともに幽閉されて三年の歳月が流れ、沢庵によって武蔵(たけぞう)がいよいよ宮本武蔵(中村錦之助)と名を改めて世に出るところから、お通さん(入江若葉さん)との再会と別れ、吉岡道場への兆戦、宝蔵院における阿厳との対決、そして般若坂での牢人との戦いまでが描かれる。第一部では野性というより野獣そのものだった武蔵が、本作では学問を修めた凛々しい若者に変貌している。そして姫路城主池田輝政から仕官を進められるのだが、「三年間の学問を実際の世の中で試したい」とそれを断り、剣の修行の旅に出るのである。

 本作品において好きなシーンのひとつは、花田橋におけるお通さんとの再会と別れである。姫路城を後にした武蔵は、まさかお通さんが待っていてくれるとは思わずに三年前に再会を約束した花田橋に来るのだが、思いもかけずにお通さんと再会する。お通さんは、橋の近くの竹細工の店に奉公しながら武蔵が花田橋に来るのを待っていたのである。

 武蔵はお通さんとの再会に心乱れるのだが、「これからは五欲と戦う修行の毎日だ。連れてはいけぬ」といってしまう。お通さんは「ご修行の邪魔さえしなければよいのでしょう。いいですか、待っていてくださいね。黙っていってしまうと私怒りますよ」といって旅支度に竹細工店に戻ったお通さんを残し、橋の欄干に”ゆるしてたもれ”の文字を刻んで武蔵は立ち去ってしまう。残されたお通さんの「武蔵さん!」という声が、予告編おの言葉を借りれば、”側々胸を打って”くるのである。

 内田吐夢監督著の『映画監督五十年』(大空社、1998念)によれば、宮本武蔵の映画化に当たって吉川英治を訪問されたときの印象から、お通さんは、吉川英治の奥様をイメージして創作されたのではないかということである。お通さんはこれまでにも映画・TVで多くの女優さんが演じてきているが、私的には入江若葉さん演じるお通さんが、もっともお通さんらしいお通さんのように思われる。この入江若葉さんのお通の対極にあるのは、2003年に放送されたNHK の大河ドラマの米倉涼子であろう。もっともこのTVドラマは、信じがたいほどの駄作であり、いったいNHKの経営者たちはこのドラマをきちんと見ていたのだろうかと思ったものである。

 さてその後の武蔵が、どこでどのような修行をしたかについて映画は語らぬが、修行の激しさを物語るような汚れた衣服をまとった蓬髪の武蔵は、吉岡道場に吉岡清十郎との立会いを求めて姿をあらすが、門弟達の策略を知って姿をくらまし、奈良の宝蔵院に向かう。ここで、阿厳を一撃で倒すが、日観(月形龍之介)に「御身は強すぎる。もう少し弱くならねばならぬ。」と諭されてしまうのだが、このときの月形龍之介の日観との問答もすばらしいものである。名優は高僧がよく似合うというようなことが書かれているのをどこかで読んだことがあるが、いまこのような役を演じることができる役者はいないであろう。

 関ヶ原後、奈良の街には牢人たちが溢れ、治安が乱れていた。映画のクライマックスは、武蔵とこの牢人達との般若野での戦いになる。この戦いのシーンは、数ある映画の剣による戦いのシーンの中でも極めてダイナミックで傑出したものである。武蔵一人対数十人の牢人との戦いであり、武蔵は常に走り移動して牢人達に囲まれないようにする。この戦いの後、宝蔵院胤舜(黒川弥太郎)が、「今日はまた、衆を相手に理に適った剣法、胤舜、感じ入りました」というのだが、まさにその通りと頷いてしまう。最後は、再び日観が現れ、「強いばかりが兵法ではない。勝ち方にもいろいろある」というような言葉を武蔵に残して去っていくのであるが、月形龍之介から話されると、なぜか妙に納得してしまうのである。


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