宮本武蔵 第四部 一乗寺の決斗
監督
 内田吐夢

出演
中村錦之助
岩崎加根子
高倉健 
入江若葉
平幹二郎
千田是也
東山千栄子
 蓮台寺野で吉岡清十郎を倒した武蔵が、一乗寺下り松において吉岡一門と壮絶な戦いを行うまでが描かれる。その間、武蔵は日本の芸術史上の巨人本阿弥光悦に出会い、また吉野太夫にも出会のである。本作品は好きなシーンが多い作品であり、内田吐夢監督の感性の豊かさを感じることができる。
 蓮台寺野から引き上げてきた武蔵は、本阿弥光悦(千田是也)とその母妙秀(東山千栄子さん) とが、のどかな野において写生をし、若菜を摘んでいるところに出会うのである。ここで映画では原作とは異なり、武蔵が特に清十郎との決闘についてなにも説明していないのに、光悦に「戦の後の茶ほどよいものはない」と言わせることで光悦の達人振りを匂わすようにしているなど心憎い演出となっている。
 それにしても千田是也の本阿弥光悦といい、東山千栄子さんの母妙秀といい、歴史上の本人そのもののように思えてしまうのであるが、これはお二人の演技力に加えて、人間性や教養がもたらすもののように思われる。この時代の脇を演ずる役者の層の厚さにため息がでてしまうのである。ちなみに東山千栄子さんは、小津安二郎監督の「東京物語」にも出演し、役者として紫綬褒章を最初に受章した大女優である。

 この出会いを契機に、武蔵は本阿弥光悦の屋敷に招かれる。本阿弥光悦は、いまでいう芸術家村のようなものを作ったと伝えられているが、映画においてもこの雰囲気を出すことに成功している。ここで武蔵はしばし静かな時を 過ごすのだが、ある日遊里に招かれる。行くことを躊躇う武蔵に、妙秀が「屈託をさらりと捨てなされ」と諭すのだが、東山千栄子さんにいわれると屈託を捨てられそうになるのである。この遊里で武蔵は(たぶん初代の)吉野太夫(岩崎加根子)に会うことになる。この吉野太夫と武蔵のシーンが、私的には、この作品における好きなシーンのひとつである。

 さて遊里で遊んでいた武蔵は、一時抜け出して三十三間堂で吉岡伝七郎と立ち会う。この三十三間堂での決闘シーン も見事である。長い三十三間堂の端から武蔵が現れ、手前で伝七郎が刀を抜いて構えるのだが、雪が舞い落ちる中のこの構図も三十三間堂の特徴を生かして見事である。

 伝七郎との決闘を終えて武蔵は再び遊里に戻るのだが、ここからは吉野太夫が席を設けた茶室に場が変わるが、雪の中の茶室のたたずまいが美しく、静かな雰囲気を醸し出してくれる。このようなシーンを最近の映画やTVドラマではみることができないであろう。茶室に招き入れられたのは、武蔵のみではなく、本阿弥光悦なども含めて六人ほどであるが、吉野太夫はいう。『ごらんの通りな山家のこと、何もお構いできませぬが、雪の夜の馳走には、賤の夫から富者貴顕にいたるまで、火にまさる馳走はないかと存じまして、このように、焚き火のしたくだけは沢山にしておきました。夜もすがら語り明かそうとも、薪だけは、鉢の木を燻べずとも、尽きる気づかいはございませぬゆえ、お心やすくおあたりくださいまし』と。

 吉野太夫を演ずる岩崎加根子さんは、関の弥太ッペや反逆児でも中村錦之助と競演しているが、錦之助を圧倒する演技である。片時も油断をみせない武蔵に対して、吉野太夫は、「あなたはたちどころに、切られてしまうに違いない」というのである。そして、吉野太夫は琵琶を鉈で 断ち割って、琵琶の構造に例えて、人の普段の心のありようを説くのである。この対決は、剣を交えた対決に引けをとらない緊張感あふれるもので、特筆すべきものであり、是非とも見ておきたいものである。もちろん武蔵の完敗である。NHK大河ドラマでは小泉今日子が演じているが、言わずもがなであろう。

 次の日武蔵は遊里を去るが、このとき吉野太夫のかむろが吉野太夫からの文を武蔵に届けるのだが、この文の処理について原作にはなにも書かれていない。内田吐夢著『映画監督五十年』によれば、この文の扱いを錦之助に任せたようである。これに答えて錦之助は、映画のように近くの枝に結びつけるのであるが、これを見て内田吐夢監督は、”錦之助は武蔵の心をつかんだ”と評したということである。映画という作品を作るときも、監督と出演者の真剣勝負なのであろう。

 いよいよクライマックスの一乗寺の決闘になるが、下り松に向かう途中で、武蔵はお通さんと再会する。花田橋の別れ以来の再会であり、演出過剰と思えなくもないが武蔵の心情が吐露されるなど心にのこる場面である。そして一乗寺における、武蔵一人対吉岡一門七十三人との壮絶な戦いになる。

 この薄明の一乗寺下り松の決闘は映画史に残る場面とされているものである。ただ私的には”般若坂の決闘”のダイナミックさのほうが好きである。この理由を考えてみると、次のような点である。ひとつは、般若坂の決闘の場合、広いの野原での牢人集との戦いであり、面の上を武蔵が動く必要があったのに対して、一乗寺の決闘 では、田圃の畦という線上のみの動きとなるため、どうしても動きのダイナミズムが減少すること。他の理由は、対吉岡一門の場合、既に清十郎と伝七郎が武蔵に倒されているのに対して、般若坂の場合は、結果として対決することにはならなかったが宝蔵院の胤舜の率いる宝蔵院衆が残っているため常に武蔵に恐怖を与えていたたということである。いずれにしろ、第四部は武蔵シリーズの中でも全編にわたってすばらしい場面が展開される映画であり、見ておきた映画のひとつであろう。


 以下に他の方の感想があります。