恋や恋なすな恋 東映(昭和37年:1962)
監督
 内田吐夢  

出演
 大川橋蔵
 嵯峨美智子
 この映画『恋や恋なすな恋』は、史上最も有名な陰陽師安部清明の出生に関する話でもある。監督が『宮本武蔵』の巨匠内田吐夢、脚本が数々の名作を書いた依田義賢であり、人形浄瑠璃や歌舞伎の古典を原案としてして映画的に脚色したものである。

 朱雀帝の御世、様々な変事が打ち続き、陰陽の博士加茂保憲は、秘法である中国伝来の金烏玉兎集からこの変事を解読し宮中に奏上しようとする。ところで加茂保憲には、安部保名(大川橋蔵)、芦屋道満という二人の高弟がいたのだが、金烏玉兎集を安部保名に譲り跡を継がせることをこのとき宣言してしまう。そのため参内途中の糺の森で、実は芦屋道満と通じていた保憲の後室の命を受けた悪右衛門によって殺されてしまうのである。

 子のなかった加茂保憲には、「未の方、未の年、未の月日に生まれた娘を跡取りに迎えよ」との神のお告げに従って養女とした榊(嵯峨美智子さん)がおり、安部保名と将来を約束されていた。後室は、秘伝書を奪ったという無実の罪を榊に着せ、榊を拷問して殺してしまう。愛する榊を失った安部保名は後室から金烏玉兎集を取り戻すものの発狂してしまうのである。

 狂った保名は、榊の故郷である河内の国和泉郷に辿りつき、榊の父である信太の庄司と、榊に瓜二つの妹、葛の葉(嵯峨美智子さん)に出会うのである。そんな時、関東では平将門が、瀬戸内海では藤原純友が反乱を起こすなど世情が騒然としてきたため金烏玉兎集の探索が厳しくなり、また白狐を捕らえろという命令も発っせられる。

 ある日、狂った保名が葛の葉と野で遊んでいるとき、矢を射られた老婆を救うのであるが、これが実は年老いた白狐であった。保名にも追っ手が迫り、手傷を負い金烏玉兎集を奪われてしまうが、保名に助けられた狐達がそれを取り戻すのである。そして狐達は、白狐の孫娘を葛の葉に似せた姿に変え、傷ついた保名を看病するために信太の森に置いていくのであった。
 この狐葛の葉(嵯峨美智子さん)と保名は、子までなす仲になってしまい森で静かに暮らしていたのだが、そこに信太の庄司が保名を捜して、葛の葉を伴って現れたため、すべてを覚悟した狐葛の葉は子と金烏玉兎集を残して去っていくのである。映画では触れられないが、この子が成長して、安部清明になるのである。 

 以上が、映画『恋や恋なすな恋』のおおよそのストーリーであるが、内田吐夢監督は極めて実験的なことをこの映画で試みているように思われる。この映画を小さい頃に見たのだが、”えー!、何これ?”というように思ったことを記憶しているのである。例えば、映画の実写にアニメーションを取り込んだり、俳優に狐の面を被せて狐を表現したり、画面全体を一つの色で大胆に表現したり、というようなことである。しかし実験的な試みの最たるものは、信太の庄司が、安部保名と狐葛の葉の侘び住まいを訪ねる場面で、歌舞伎の舞台に変わってしまうところであろう。これらの試みは特に違和感なく受け入れられるのが、これは内田吐夢監督の演出力や編集力に依存するものであろう。

 この映画のクライマックスは、狐葛の葉が安部保名との別れを決意するところであろう。切々と己が心情を吐露し、口に筆を加えて、以下の歌を障子に書き残していくのであるが、三役をこなした嵯峨美智子さんの名演もあって胸に迫るものである。なお大川橋蔵の舞踊も見事であり、さらに嵯峨美智子さんの美しさも付言しておきたいものである。

  
恋しくば 訪ねきてみよ 和泉なる
     信太の森の うらみ葛の葉


 この映画は、VHSのテープでは販売されていたが、DVDにはなっていない。映画も書籍と同じように文化を伝えるものであるならば、たとえ商売にならなくてもこうした作品を世に出すことは、映画会社の責任なのではないだろうか。


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