明治天皇と日露大戦争 新東宝(昭和32年:1957)
監督
 渡辺邦夫

出演
 嵐寛寿郎
 阿部九州男
 藤田進
 田崎潤
 丹波哲郎
 宇津井健
 佐藤忠男による「日本映画史2」において、この映画は、”・・・映画としては見るからに安っぽいものばかりだったが、イデオロギー的に共鳴する人々にとってはそれで十分だったのである程度の需要があった。”と酷評されている。

 ”・・・映画としては見るからに安っぽい”とはどういうことなのだろうかと思って、この映画を見直してみた。この映画は、明治天皇の開戦のご聖断によって日露戦争が始まるところから、日本海海戦の劇的な勝利までが描かれ、日露戦争の有名な話がとりあげられている。例えば、旅順港封鎖における広瀬少佐と杉野兵曹長、黄海大海戦での勝利、難攻不落といわれた旅順要塞の攻防と乃木将軍の長男、次男の戦死、敵将ステッセルとの出師営の会見、奉天の大会戦(日本軍25万、ロシア軍37万、合計62万の兵士が、戦線50kmにわたって戦った空前の近代戦)と奉天入城、そして日本が圧倒的な勝利を収めた日本海海戦、等である。

 以上のような日露戦争における出来事がよくまとめられているばかりでなく、明治天皇(一般に、明治大帝という)のこの戦争における思いもよく描かれている。また、現在の人気俳優が束になってかかっても足元にもおよばないスターであった嵐寛寿郎が、これ以上はないほどの威厳に満ちた明治天皇を演じているし、旅順要塞攻撃などでは、おびただしい兵士が画面いっぱいに映されているなど大スペクタルなシーンが展開され、決してチープな映画ではない。ただ、当時の特撮技術では、日本海海戦の場面は、後に三船敏郎が東郷元帥を演じた「日本海大海戦」には及ばないが、私的には冗長なところもなく、明治人を想像しながら見ることができた。また、日本海海戦において、ロシア水兵がロシア国家を歌いながら艦と運命を共にしたという話が伝えられているが、その場面を描くなど、映画全体で戦争の悲惨さと反戦的な思想が間接的に表現されていたように思われた。

 よく知られた話として、当時の台湾の蒋介石がこの映画に感激し台湾でも上映させたところ、嵐寛寿郎の明治天皇に対して、感激した客が立ち上がり「天皇陛下万歳」を叫んだため、上映中止になったということが伝えられているという。

 映画を評するに、”見るからに安っぽい”と評するのはかまわないが、そういうだけの理由を述べるべきであろう。単に、佐藤が(明治天皇を礼賛するようなと思ったのかどうか?)このような映画を嫌いだった(これも想像でしかない)としても、”見るからに安っぽい”という評価では、映画評論としてはどうかなと思えてしまうのである。

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