浪花の恋の物語 東映(昭和34年:1959)
監督
 内田吐夢

脚本
 成澤昌茂

出演
 中村錦之助
 有馬稲子
 東野英治郎
 進藤英太郎
 千秋実
 花園ひろみ
 田中絹代
 片岡千恵蔵
 この映画『浪花の恋の物語』は、近松門左衛門の「冥途の飛脚」(一般に、「梅川忠兵衛」という)を原作として、後に『関の弥太っぺ』を書いた成澤昌茂が脚本を担当し、内田吐夢が監督した作品である。近松門左衛門を基にした作品としては、溝口健二監督の『近松物語』が有名であるが、この『浪花の恋の物語』も見事な作品である。この映画では、なんと近松門左衛門自身(片岡千恵蔵)が登場し、梅川と忠兵衛の悲劇を目の当たりにして、それを浄瑠璃にするというストーリーとなっているのである。

 忠兵衛こと、浪花の飛脚問屋の亀屋忠兵衛(中村錦之助)は、将来、亀屋の娘のおとく(花園ひろみさん)の婿として、家督を継ぐことが約束されていた養子だった。ある寄り合いの帰り、同業である丹波屋の八右衛門(千秋実)によって、無理やり新町の廓に連れて行かれてしまった。その忠兵衛の前に現われたのが、この廓に勤め始めて間もない梅川(有馬稲子さん)だったのである。

 一度は帰ろうとする忠兵衛であったが、「初めての客を遊ばせずに帰せば、きつく折檻されます」との梅川の言葉に、結局は一夜を過ごしてしまうのである。そしてこれが、梅川と忠兵衛の悲劇の始まりだった。婿を約束された養子ではあったが、使用人同様の扱いを受けていたという身であったためか、おとくという許婚がありながら、どうしても梅川のことが忘れなくなってしまった忠兵衛は、足しげく梅川のもとに通うのであった。
 
 こんな忠兵衛に疑念をいだいた義母(田中絹代さん)は、忠兵衛を一度大坂から離れさせようとして、為替の差額を取りに江戸へ行かせるのであった。そして江戸に赴いた忠兵衛は、大坂を発つ前におとくが渡してくれたお守りに気付いて梅川との縁を切ることを決意し、縁を切るということを意味する櫛を江戸から梅川に送るのである。

 そんなとき、以前から梅川に執心していた藤兵衛(東野英治郎)という小豆島の大尽が、北陸の旅から戻ったら、梅川を身請したいと手紙で申し出ていたのである。そんなこととは露知らない忠兵衛は大坂に戻るのだが、なんとしても梅川を忘れることができず、その足で廓の門をくぐってしまうのである。そして、梅川の身請け話を知ってしまい、意地から手付金五十両を身請金二百五十両の内金として入れてしまうのである。亀屋にもどった忠兵衛は、たまたま江戸から届けられた米子藩の三百両を藩邸に届けるようにと、義母から使いをさせられる。しかしその金を懐にした忠兵衛の足は、廓へと向かうのだった。

 廓に着いた忠兵衛が見たものは、藤兵衛が梅川と仮祝言を挙げようとしている光景であった。我を忘れた忠兵衛は、梅川を身請けするために米子藩の三百両に遂に手をつけ、処刑を免れない封印切りをしまうのである。こうして、梅川と忠兵衛の道行が始まるのであった。しかしそれもつかの間、忠兵衛は捕縛され、梅川は再び廓に連れ戻されてしまうのである。

 名匠内田吐夢監督は、この映画でも素晴らしい演出を行っている。例えば、二人が逃避行を続け、ある侘しい民家に身を隠したとき、忠兵衛が梅川に「封印切り」をしてしまったことを打ち明ける場面がある。この場面で、忠兵衛が「・・・京に回って おかあはんに一目おうたら、訴えて出たららええ もともとお前には何の罪科もないことゆえ また元のつとめに帰って・・・」と梅川を諭そうとすると、有馬稲子さんの梅川が、「あー、もうっ、その先は言うてくださるな!・・」といって、自分の袖で忠兵衛の口を押さえるのだが、二人の真情がひしひしと伝わってくるのである。また映画の中で、二人の逃避行や新口村の場面は、歌舞伎の舞台として描かれ、中村錦之助と有馬稲子さんの二人の踊りがあるが、限りなく美しく、必見である。

 この映画における有馬稲子さんは、ただただ美しく、ただただ儚く、ただただ幸薄く、忠兵衛ではなくとも、自分の将来を捨てても守ってやりたくなるよう女性を演じきっていたというべきであろう。また、この作品が公開された年の中村錦之助は、一心太助や織田信長(『風雲児 織田信長』)なども好演しており、この映画では、これらのキャラクターとは全く異なった役を演じているのであるが、その芸域の広さには驚嘆するばかりである。


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