監督
松田定次
音楽
富永三郎
出演
片岡千恵蔵
淡島千景
月形龍之介
丘さとみ
河野秋武
岡田英次
志村喬
里見浩太郎 |
松田定次監督による映画『維新の篝火』は、新撰組の土方歳三の恋を描いた異色の映画である。まだ黒澤明監督や小津安二郎監督のことをよく知らなかった小さかった頃は、松田定次監督こそが、日本一の大監督と思っていた。それは、映画でしばしば松田監督の映画の予告編が上映され、そこでは大東映のエースと紹介されていたからである。
この映画『維新の篝火』は、新選組の土方歳三(片岡千恵蔵)と装束司山城屋の後家お房(淡島千景)との秘めやかな恋の物語である。二人は、幾度かの偶然の出会いを経て、わりない仲となっていく。決定的な出会いは、土方歳三が日之岡屯所を巡察しての帰途、突然の雷雨を避けるため茶屋に寄ったときである。そこには、山城屋で働いていた者の婚礼のお祝いに向かうお房も雨を避けていたのであった。
雨が激しくなり、土方は昼食をとろうと茶屋の奥座敷にお房を誘った。そのとき、突然に稲妻が走り、雷鳴が轟き、驚いたお房は思わず土方の膝に臥せてしまったのである。そして雨も小降りとなったため、新撰組の屯所に帰ろうとした土方がお房に言うのである。「どうだろう、お房さん。あんたの都合のいいときでいい。もう一度ここで会いたいのだが!」 と。こうして、大人としての割り切った二人の逢瀬が始まり、逢瀬が重なっていくのである。
しかし時勢は急激に移り変わり、大政が奉還され、幕府方は日々劣勢となっていく。新撰組の中にも問題が頻発する。恋人おみねとの話に見張りの隊務をおろそかにしてしまい、日之岡屯所を襲撃されるという失態を犯した安藤和馬(里見浩太郎)は歳三によって切腹させられ、新撰組総長山南啓介(岡田英次)もまた、土方との意見の相違から脱走して捕えられ切腹させられる。
こうした世情の変化のため、土方とお房は、逢瀬もままならない日々が続いていた。そしてついに、長州勢が大坂に進出してきた。歳三は、このような逼迫した状況の中、島原の角屋の一室でお房に最後の別れをし、薩長軍との戦いに赴くのであった。しかし、薩長軍の火器のまえに、さしもの新撰組も劣勢を余儀なくされる。そして敗勢の中、歳三は、かねてお房に約束した簪を渡してくれるように、下僕の平吉(河野秋武)に託すのだった。
戦いは幕府軍の敗北に終わり、江戸に向かう軍艦には、戦いに傷つき、雨に打たれ疲弊した新撰組隊士の中に再起を誓う土方歳三の姿があった。そしてまた、路傍に倒れた平吉と簪が、同じ雨に打たれていたのである。
以上がこの映画の大よそのストーリーであるが、数多くの娯楽映画を作ってきた松田定次監督が、娯楽色を薄めて作ろうとした恋愛映画であると思っており、土方とお房の仲が、大人として割り切った仲から次第に本物の愛情へと変わっていく様が、見事に描かれているように思われる。たぶん月並みであると思われるが、歳三が簪を平吉に託すときに言う「なあー、平吉。おれもただの男であった。どうやらあの女に惚れたらしい。」と言うセリフに、この映画は収斂していくのであり、そして雨に打たれる簪に、届かぬ歳三の想いを重ねるのである。
このようなしっとりとした大人の情感溢れる映画を作ることは、現在では困難であろうし、作ったところで観客が入るとは思われない。淡島千景さんのような立ち居振る舞いのできる女優さんは少なくなり、片岡千恵蔵のような内面のナイーブさを表現できる役者もほとんどいない。要するに大人の演技のできる役者も、大人の演出をできる監督もいなくなったのであり、そしてこういう映画を鑑賞する観客もいなくなったのであろう。
それからこの映画では、黒澤映画にしばしば出演した、月形龍之介や志村喬、河野秋武等の名優が出演している。特に河野秋武は、土方の下僕平吉として、片岡千恵蔵が出てくる場面には影のように付き添って出ているが、その演技の巧みさには感嘆するばかりである。
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