緋牡丹博徒 お竜参上 東映(昭和45年:1970)
監督
 加藤泰

脚本
 加藤泰
 鈴木則文

出演
 藤純子
 菅原文太
 若山富三郎
 安部徹
 この時代に製作された多くの任侠映画は、主役が草鞋を脱いだ任侠道を貫く昔気質の一家と、それに敵対する任侠道とは無縁な一家との間に何らかの揉め事があり、主役が、敵対する暴力団まがいの親分を、我慢に我慢を重ねたあげく最後の最後に倒すということになるものが多い。本作品『緋牡丹博徒お竜参上』も、東映が作り上げた仁侠映画のこの約束事を、きちんと守って作られた任侠映画の傑作である。

 この『緋牡丹博徒 お竜参上』は、同じ加藤泰監督による『緋牡丹博徒 花札勝負』の続編である。『花札勝負』において、お竜さん(藤純子さん)は、自分のために“偽お竜”を死なせてしまったのだが、『お竜参上』では、その“偽お竜”の娘・お君をお竜さんが捜しながら旅を続けているという設定になっていて、お君の存在が、この作品をストーリ豊かなものにしているのである。

 ところで加藤泰監督は、徹底的にローアングルにこだわった監督としてよく知られている。ローアングルを多用した監督としては小津監督が有名である。小津監督の場合は、日本家屋で畳に座ったときの目の高さがカメラの視点の基本となっていると言われているが、加藤泰監督の場合は、より徹底したローアングルを追求して、ある映画の撮影時には、道路に穴を掘ってまでカメラを据えたとも言われている。この映画でも、ローアングルがもたらす独特な効果を示す場面を随所に見ることができるのである。

 上述したように、お竜さんはお君を捜しているのだが、草鞋を脱いだ浅草一帯を取り仕切る鉄砲久(嵐寛寿郎)一家においてお君を見つけることができる。このお君を見つけるシーンもすばらしいのだが、この映画を語る場合に、どうしても触れなければならないシーンは、これまでにも多くの人によって様々に語り尽くされ、それでもなお語り尽きぬ、伝説と化したシーンである“雪の今戸橋” であろう。

 菅原文太演じる青山常次郎が、両親の墓がある故郷に妹の形見を持って帰るのを、お竜さんがそっと送る場面である。 降りしきる雪の中を急ぐお竜さん、橋の袂で待つ青山、雪の中に霞んで見える凌雲閣、お竜さんに故郷のことを語る青山、そして「こいは、汽車の中であがってくださいまし」とそっと包みを差し出す女としてのお竜さん、そしてさらに渡そうとして滑り落ちて雪の上を転がるみかん、それを再び拾って青山に渡して見詰め合うお竜さんと青山、無言で礼をして立ち去る青山、この美しいシーンを見るためだけでもこの映画を見る価値があろうというものである。

 この“雪の今戸橋”のシーンを何度見ても、なんと見事な演出であり、脚本であり、カメラワークなのであろうかとため息がでるのである。このシーンは、いまどきの映画のような饒舌さは微塵もなく、抑えた演技でありながら、二人の立ち居振る舞いと眼差しとが、それぞれの内に秘めた想いを十分過ぎるほど表現し、伝えてくるのである。藤純子さんのお竜が、包みを差し出そうとして、「これを」と言おうとして声にならないあの情感溢れる表情の演技を、今のどんな女優さんが演じることができるだろうか。

 この今戸橋は、お竜さんが暴力団まがいの親分の鮫洲政(安部徹)との凌雲閣における対決に赴く場面においても再び現れる。故郷の旅から戻った青山が、鮫洲政との対決に行こうとするお竜さんを今土橋で待っている。お竜さんが今土橋を渡ってきて、青山に一礼する。そして、二言三言、言葉を交わしてから凌雲閣に向かう。ここで緋牡丹博徒の歌が流れてくるのだが、見ている我々観客も青山に同化して歩んでいるのである。

 そして、最後の鮫洲政一家との凌雲閣の階段を使った激しい大立ち回りになるのだが、このときの藤純子さんの脇差を使った殺陣が、いわゆる“カッコイイ”のである。ところで鮫洲政を演じた安部徹という俳優であるが、悪役以外の役を演じているのをほとんど見た記憶がないのだが、この映画でも実にいやらしく卑怯で憎々しげな鮫洲政を演じており、見ていると「本当に、こいつは悪いやつだ」と思えるのだから、名優といってよいのであろう。当時の東映にはこのような悪役を演じてくれる役者が多数おり、それ故にヒーローやヒロインが相対的に際立つのであり、したがってお竜さんによる最後の決めゼリフ「鮫洲政さん、死んでもらいますばい」に、我々は拍手喝采を送ってしまうのである。

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