赤ひげ 東宝・黒澤プロダクション(1965) | ||
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監督 黒澤明 音楽 佐藤勝 出演 三船敏郎 加山雄三 香川京子 山崎努 団令子 桑野みゆき 二木てるみ 杉村春子 笠智衆 |
小津安二郎監督の作品を一本選ぶとしたら、ほとんど躊躇なく「東京物語」を選ぶであろうが、黒澤明監督作品を一本選ぶとしたら、この「赤ひげ」にするか、「七人の侍」にするかで迷ってしまうであろうし、結局結論を出せないままでいるかも知れない。 映画は長崎に遊学し医術を学んできた保本登(加山雄三)が小石川養生所の門に向かうところから始まる。この始まり方とその音楽がすばらしく、観客もまた保本登と一緒に門をくぐり、養生所の中に入って行き養生所の状況を理解する。 保本は、父親から小石川養生所を訪問するように言われてやって来ただけであるが、養生所長の赤ひげと呼ばれる新出去定(三船敏郎)と父親との間では、ここで働くことが決まっていた。当然保本は、反発し最初はことごとく赤ひげに反抗するが、次第に医術の本当の役割に目覚め、ついには幕府の御番医になることを捨ててこの小石川養生所で働くことを決意する。この過程で保本登が体験する様々な出来事と、それによって保本が精神的に成長して行く様が描かれ、見る者に大きな感動を与えてくれる。 この映画が上映されたとき、医学を志望する人が増えたと伝えられているほどのヒューマニズム映画の傑作であり、このような映画が作られたことをわれわれ日本人は世界に誇ってもよい映画である。海外でも絶賛され、ヴェネツィア国際映画祭では、三船敏郎が主演男優賞を受賞し、またサン・ジョルジオ賞他も受賞している。また、現在でも、海外で高い評価を受けていることが、amazon.comのレビューをみるとよくわかる。とにかく見ておくべき映画のひとつである。 保本登が養生所で体験する出来事は実に様々である。狂女(香川京子さん)には危うく殺されるところを赤ひげに助けられ、また、「人の一生のうちで臨終ほど荘厳なものはない」と言う赤ひげによって、臨終間近い蒔絵師の六助(藤原釜足)の最後を看取る。さらに車大工の佐八の死と、佐八とその妻おなかとの悲劇があり、赤ひげが大名や豪商から高額の診察料をとって、それを養生所の運営に当てていることも知る。 岡場所からはおとよ(二木てるみ)を引き取り、保本の最初の患者となる。おとよの病は心の病であるが、医者としての保本の必死の努力によって快方に向かうことができる。そうしたある日、近くの長屋に住む少年、長次(頭師佳孝)がおかゆを泥棒に来るという事件が起きる。それを見て見ぬふりをしていたおとよと長次の間に心の交流ができたのもつかの間、長次が泥棒で捕まり、そのため一家心中をしてしまうが、赤ひげ等の必死の看病により、長次は一命をとりとめるのだった。映画は、こうした様々な経験を経た保本が、小石川の養生所に残る決心をするところで終わる。 以上が、3時間にもおよぶ赤ひげの極めて大雑把な内容である。しかし、それぞれの話が極めて密度が濃く充実したものとなっており、冗長なところがまったくないため3時間があっというまに終わってしまう。最近の映画を30分以上見続けることは、場合によっては非常に大きな苦痛を伴うことが多いことを考えると、黒澤明監督の的確な演出力と俳優陣の確かな演技力の凄さをなんと表現すればよいのだろうか。 例えば香川京子さん演ずる狂女が保本登の部屋の外に現れたときには、なんともいえない背筋に悪寒が走るようなものを感じるし、藤原釜足の演技にいたっては、まさに死なんとする人そのものではないか。 黒澤明監督は、このような長い映画の中ではちょっとした笑いを入れることを忘れない。例えば土方仕事で事故にあった女を手術しているとき、赤ひげが『いかん、腸が出てきた。半太夫、押し込め!』といったりするが、おもわず笑ってしまうのである。また、岡場所で十名程のチンピラやくざを相手に、三船敏郎の赤ひげが素手で叩きのめす場面などは、ダイナミックであるとともに、笑いも入れている。 この映画の撮影のすばらしさは、現在の映画の追随をゆるさない。例えば、たぶん薄く雪が残っている田圃を背景に佐八がおなかと一緒になることを申し出る場面では、佐八の心の反映のような水面の光のなんと美しいことか。また、地震で死んだと思っていたお仲を、佐八が祭りで見つけたときの風鈴の音の使用法の劇的な効果など、枚挙にいとまがないほどである。 映画は、保本登が養生所の門を赤ひげと共にくぐるところで終わるが、その時の保本登の気持ちと決心が映画の始めのときとまったく異なっていることをわれわれは知るのである。 以下に他の方の感想があります。 ![]() ![]() |
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