隠し砦の三悪人 東宝(昭和33年:1958)
監督
 黒澤明

音楽
 佐藤勝

出演
 三船敏郎
 上原美佐
 千秋実
 藤原釜足
 藤田進
 黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』は、ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』を作るときに参考にしたということでも有名な傑作である。この映画のストーリの概略は以下のようなものである。

 映画は、太平(千秋実)と又七(藤原釜足)がとぼとぼと歩いている有名なシーン(スター・ウォーズの2つのロボットのモデルとなる)ところから始まる。この二人は、秋月家と山名家の戦いで一旗挙げようとしていたのだが、足軽として加わった秋月家が敗れたため、秋月家と同盟を結んでいた早川領に向かっていたのである。
 一方敗れた秋月方は、侍大将の真壁六郎太(三船敏郎)が、雪姫(上原美佐)と再興のための軍資金黄金二百貫を隠し砦に匿って、やはり早川領への脱出を伺っていた。この隠し砦近くに太平と又七が逃れてくるのだが、この二人が警護の手薄な敵方の山名領を経由して早川領に脱出しようとしていることを知った真壁六郎太は、この二人を利用して雪姫と黄金二百貫を早川領に運ぶことを決意する。こうして、真壁六郎太、雪姫、太平と又七、黄金二百貫の敵中突破が始められるのである。この敵中突破には様ざまな困難が伴ったが、機知と幸運とを味方にして成功するかに見えた。しかし、山名領と早川領の国境でついに捕らえられてしまうのだが、・・・・。

 この映画のタイトルは佐藤勝の勇壮な音楽を伴って始まり、聞いているだけでこの映画に対するわくわくするような期待が高まってくる。そして、1958年度のキネマ旬報ベストテンにおいて脚本賞をとったよく練られた脚本のもとに展開される映画の世界に我を忘れてしまうのである。実際、このホームページ用に映画のシーンをキャプチャーするためにこの映画を見直していると、しばしばキャプチャーすることを忘れている自分を発見することが何度もあった。

 この映画の面白さは、敵方の山名領をどのように脱出するかということにあるのは勿論であるが、太平と又七のキャラクターに負うところが大きいように思われる。この二人は、例えば「生き死にをともにした中だ、村に帰っても仲良くやっていくべよ」といった後で、黄金二百貫を積んだ馬を見つけるととたんに、「これはみんな俺んだ!」などと言って欲の塊に変わってしまうのである。このような変化は何度も繰り返されるのだが、この差が大きければ大きいほど、見ている観客におかしさと、そしてたぶんであるがある種の優越感みたいなものを与えているように思われるのである。
 このように前の場面で言っている内容と、それに続く後の場面が異なっていることによって観客のおかしみを醸し出してくれる映画としては、このホームページでも取り上げた山中貞雄監督による『丹下左膳下左膳余話 百萬両の壺』 がある。黒澤明監督は、山中貞雄監督を目標にした(らしい)ということから勝手な想像であるが、『丹下左膳下左膳余話百萬両の壺』の面白さを別な形で実現しようとして、この映画の太平と又七のキャラクターを作り出したのではないかと考えている。

 脱出劇としての面白さは勿論であるが、この映画には心に残る場面も多い。一例をあげると、一行が山名領になんとか入り、木賃宿で夜を明かすことになるのだが、そこで秋月領の娘が人買いに買われていることを知る。このとき、脱出行の中で唖とさせられている雪姫が真壁六郎太に買い戻すように命ずるのだが、これに対して六郎太は当然反対する。すると、雪姫は「そのほうは、この姫の心まで唖にするのか」というのである。なんと心に響くことばではないか。この雪姫を演じた上原美佐さんは、黒澤明監督に大抜擢された新人であったということであるが、凛とした姫を演じている。なおこの映画を、戦国時代に置き換えた「ローマの休日」とする見方もあり得るというコメントが下記に示すアマゾンのDVDのレビューにあったが、なるほどと思った次第である。いずれにしろこの映画(に限らず黒澤映画のすべて)の面白さは書いても書ききれないものである。

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