大菩薩峠 第一部 東映(昭和32:1957)
監督
 内田  吐夢

出演
 片岡千恵蔵
 中村錦之助
 大河内伝次郎
 月形龍之介
 丘さとみ
 中里介山の代表作にして、大長編の『大菩薩峠』を、巨匠内田吐夢が片岡千恵蔵を主演として監督した作品である。大菩薩峠は他に市川雷蔵主演によるもの、仲代達也主演によるものなどもあるが、私的にはこの片岡千恵蔵主演の作品をもっとも評価したいと思っている。ただ、惜しむらくはこのとき既に片岡千恵蔵が54 歳となっており、小説のイメージの机竜之介よりはだいぶ老けてしまっていることであろう。しかし、片岡千恵蔵演じる机竜之助から立ち昇る静かな深い底なしのような虚無感の凄まじさは、市川雷蔵や仲代達也の演じる机竜之助以上のように感じられるのである。

 小説『大菩薩峠』は以下のような書き出しで始まる。

 大菩薩峠は江戸を西に距(さ)る三十里、甲州街道のが甲斐国東山梨郡萩原村に入って、その最も高く最も険しきところ、上下八里にまたがる難所がそれです。

 標高六千四百尺、昔、貴き聖が、この嶺の頂にたって、東に落つる水も清かれ、西に落つる水も清かれと祈って、菩薩の像を埋めて置いた、それから東に落つる水は多摩川となり、西に流るるは笛吹川となり、いずれも流れの末永く人をうる湿おし田を実らすと申し伝えられてあります。

 こうして、水の流れが最初の一滴から次第に大きな流れとなっていくように、この大菩薩峠という大長編の物語が始まっていくのであるが、この物語の基調は、第2部の中で何度か詠われる以下の”間(あい)の山節”なのではないかと思っている。

 夕べ朝の鐘の音
 寂滅為楽と響けども
 聞いて驚く人も無し
 花は散りても春は咲く
 鳥は古巣へ帰れども
 行きて帰らぬ死出の旅

 映画『大菩薩峠 第一部』では、大菩薩峠で机竜之助(片岡千恵蔵)が老巡礼を意味もなく切り殺すところから始まる。邪剣に魅入られた机龍之介は、御岳神社の奉納試合で宇津木文之丞と立ち会い、文之丞を一撃で倒すと、その妻お浜と江戸に出奔してしまうのである。

 この兄の仇を討とうとする宇津木兵馬は、江戸にでて島田虎之助の道場で剣を学び、机龍之介に果し合いを挑んだが、それを知ったお浜が龍之介を止めようとして、返って机龍之介によって殺されてしまう。そして龍之助は、江戸の浪人暮らしの中で出会った新徴組の土方歳三らと京に赴き、天誅組の変に参加し敗走する。龍之介を追って京に登った宇津木兵馬に追われ川に落ちてしまうのである。

 以上の流れの中に、机竜之助を取り巻く様々な人々の人生が絡んでくる。例えば、結局は江戸で机竜之介に殺されるお浜、殺された老巡礼の孫で、泥棒の裏宿の七兵衛(月形龍之介)に助けられるが過酷な運命に弄ばれるお松(丘さとみさん)、そして兄の仇と机竜之介を追う宇津木兵馬(中村錦之助)などである。こうした様々な登場人物が、間の山節に表現されているような各々の旅をなし、ある時は交差していくのである。

 ところでこの映画で私的には見所と思っている場面がある。机竜之助は「音なしの構え」という剣を使うのだが、幕末の剣豪島田虎之助(大河内伝次郎)の前には自分の剣がまだ劣っていることを知る場面である。それは、新徴組の土方歳三とともに清川八郎を襲おうとして、間違って島田虎之助の籠を襲ってしまうところである。このとき島田虎之助が机竜之助に対して、「剣は心、心正しくない者は剣もまた正しくない。剣を学ぶ者は、まず心を学べ!」と言うのだが、小さい頃に見たときになんと素晴らしい言葉であろうかと思ったものであり、最近のアスリート達にも言って欲しいものである。この場面の大河内伝次郎演ずる島田虎之助の剣さばきや貫禄が見事で、何度も見てしまうのである。


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