関の彌太っぺ 東映(昭和38年:1963)
監督
 山下耕作

出演
 中村錦之助
 木村功
 十朱幸代
 岩崎加根子
 夏川静江
 月形竜之介
 映画『関の彌太っぺ』は、山下耕作監督の代表作にして中村錦之助の代表作の一つである。日本映画の秀作の一つといってもよい。常州関本村の彌太郎(これから関の彌太ッぺ)が、幼いころの祭りの晩に生き別れた妹のお糸を探して旅をしているところから、この美しい物語は始まる。

 彌太郎(中村錦之助)は、ある川の渡し場近くの川べりで花を摘んでいる少女お小夜に、妹の面影を見出したのか声をかける。このお小夜は、父の和吉と亡くなった母が生まれた旅籠の澤井屋に訪ねて行くところだったのである。ところがお小夜は足を滑らせて川に落ちてしまい、それを弥太郎が助けるのだが、和吉(大坂志郎)は、弥太郎がお糸のために肌身離さず持っていた50両の金をお小夜のために盗んでしまうのである。

 50両を奪われた彌太郎が和吉の行方を捜していると、同じように和吉にお金を盗まれた箱田の森助(木村功)も和吉を捜していて、和吉を斬ってしまう。そのため弥太郎が、孤児となってしまったお小夜を澤井屋に連れて行くことになり、45両のお金とともに、お小夜を澤井屋預かってもらうことにして、名前も告げずに立ち去ってしまうのである。そして田毎の才兵衛(月形龍之介)という老旅人から聞いた噂をたよりに、弥太郎は妹のお糸を訪ね当てるのだが、既に妹は亡くなってしまっていたのである。

 妹に会えることを唯一の生きがいにして旅を続けていた弥太郎は、生きる希望を失い、やくざの助っ人として荒んだ生活に身を落とし、10年の歳月が流れた。そして飯岡の助五郎の助っ人となったある喧嘩出入において、偶然にも箱田の森助と田毎の才兵衛とに再会し、澤井屋でお小夜が美しい娘に成長し、かつて自分を助けてくれた恩人を捜しているということを、才兵衛から聞くのであった。

 お小夜(十朱幸代さん)がどのように成長したのかと思って澤井屋を訪ねた弥太郎が見たものは、かつてお小夜を助けて澤井屋につれていった恩人は自分だと偽っている箱田の森助の姿であった。森助は、美しく成長したお小夜と夫婦になりたいといって、澤井屋とお小夜に無理難題を要求し困らせており、それを知った彌太郎は、森助を斬り、お小夜に別れを告げて、自分を追ってきた飯岡とその子分達の待つ、村はずれの二本松へと向かうのであった。

 以上が、この美しい映画の概要であるが、美しい場面が全編に溢れている。例えば、45 両で10年間お小夜を預けることになったとき、45両に槿の花を一輪添えて、そっと窓辺において去っていく場面のなんと美しいことか。

 また妹が売られたところにどうにか尋ねて行った彌太郎が、ある女郎(岩崎加根子さん)から妹の最後の様子を聞く場面の素晴らしさは例えようがないであろう。最初は、やや遠くから二人を撮しているが、女郎が妹の様子を切々と話している間に、観客がほとんど気づかない程ゆっくりとカメラがズームアップしてゆき、最後に弥太郎の号泣で終わるのだが、多くの観客は彌太郎とともに涙を流している自分を見出すであろう。そして場面は一転し、妹のお墓の前で、彌太郎が今は亡き妹に語りかけている場面となり、カメラがゆっくりとズームアウトし、女郎が離れて立っている場面となるが、この演出の見事さ、カメラワークと画面構成の見事さは、忘れがたいものである。中村錦之助と岩崎加根子との競演(正に、演技者同士の競い合い言ってよいであろう)は、例えば宮本武蔵第4部や反逆児でもみることができるが、いずれも一見に値するものである。

 ところで、多くの映画ファンから日本映画の中で最も美しい場面の一つと讃えられているのが、彌太郎とお小夜の槿(むくげ)の花の垣根越しの会話である。

 立ち去ろうとする彌太郎にお小夜が、「あなた様これからどちらに?」と問いかけると、彌太郎が「妹のところに行くかもしれません」と答えるのだ。妹は既に亡くなっていることを観客は知っているため、この会話が胸に響いてくるのである。そしてその後で彌太郎がつぶやく以下の言葉によって、お小夜が彌太郎こそが恩人であることに気がつくのである。

「この娑婆には、辛えこと、悲しいことがいっぱいある。でも忘れるこった。忘れて日が暮れれば明日になる。ああ、明日も天気か」

 この映画は、最近の映画のように主人公達がいたずらに泣き叫び、絶叫することもなく、見ている我々の肺腑に響いてくるである。映画は、飯岡の助五郎(安部徹)との喧嘩に彌太郎が向かうところで終わる。その約束の二本松の場所に向かって彌太郎が歩いていく途中で、彌太郎がかすかに寂しく微笑むのであるが、これは彌太郎のどんな感懐を表現しているのであろうか。

 最後のシーンでは赤い小さな彼岸花が画面の隅に咲き、この世に別れを告げるかのように彌太郎が傘を放り投げ、そして遠くから鐘の音が響いてくる。諸行無常の鐘の音はいつまでも観客の心に響いているのである。


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