悪い奴ほどよく眠る 東宝(昭和35年:1960年)
監督
 黒澤 明

出演
 三船 敏郎
 香川 京子
 三橋 達也
 森 雅之
 志村 喬
 昔この映画を見た後で、背筋にゾクゾクとした悪寒とでもいうような冷たいものが走ったことを覚えている。それは、表には出てこないが何か本当に巨悪とでも言うべきものがこの社会には確かに存在していて、それがこの日本という社会を裏で動かし、利権・利益を思うが侭に得ているのではないか。そういう巨悪に、蟷螂の斧のような力しか持たない我々庶民は抵抗することもできず、よしんば抵抗したところで簡単に押しつぶされ、踏み潰されてしまうのではないのかというような不安だったのであろう。
 最近、長い歴史を持った日本が国家として将来も存続していくことができるのだろうかというような不安を感じて政治の世界に大きな関心を持つようになり、インターネット等を利用して様々な情報(たぶん、虚実ない交ぜであろう)を見ているのであるが、この映画のような事件が実際に現実に起きているのかも知れないなと思われて、この映画を見直してみて一層不安を感じてしまっているのである。この映画は、まさにそのような世界を想像させてくれるのである。

 土地開発公団副総裁岩淵(森雅之)の娘佳子(香川京子さん)と、副総裁の秘書の西幸一(三船敏郎)の結婚式の披露宴が行われるところから映画は始まるのだが、この披露宴には多くの新聞記者が取材に来ていた。この取材は披露宴の取材ではなく、公団と大竜建築の汚職を嗅ぎつけた新聞記者達が、何かが起こることを期待して来ていたのである。
 その期待に違わず、披露宴が始まると直ぐにまず公団の課長補佐和田が刑事達に連れていかれる。そして披露宴が進められていき、何故か二回目のウェディング・ケーキが運ばれてくる。そのケーキは新築庁舎とそっくりの形をしており、しかも真赤なバラが一輪、七階の窓にささっていたのである。この新庁舎は5年前の汚職の舞台となった建物であり、この七階の窓からは当時の経理担当の課長補佐が飛び降りていたのである。そして新聞記者達の以下のような会話が被さってくる。

 ある記者;「こんな面白い一幕物、見たことないな」
 他の記者;「一幕物? ふっ。これは序幕さ」

 そう、これは単なる序幕に過ぎなかったのである。映画『悪いやつほどよく眠る』は、このような見事な導入シーンから始まり最後まで息をつかせぬ展開を見せてくれるのであるが、この序幕で観客は既に映画の世界にどっぷりと引き込まれてしまっているのである。シナリオの素晴らしさは黒澤映画の全てにいえることであるが、それにしてもこの映画のシナリオの秀逸さは特筆物であろう。
 実は、5年前の汚職事件で七階から飛び降りたのは西幸一の父であり、西はその復讐を果たそうとしているのであった。しかしこの西の復讐は、初めは利用しようとした佳子を本当に愛してしまったため、結局は巨悪の前に果たせぬ結果となってしまうのであり、映画のタイトル『悪いやつほどよく眠る』の意味も最後にわかるのであるが、この映画の展開の面白さは、これをを観たものにしか味わうことができない特権である。いくら「この映画は面白いよ!、絶対だよ!」といっても虚しいだけであろう。


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