喜びも悲しみも幾年月 松竹(昭和32年:1957)
監督
 木下恵介

撮影
 楠田浩之

音楽
 木下忠司

出演
 佐田啓二
 高峰秀子
 中村賀津雄
 田村高廣
 有沢正子
 仲谷昇
 夏川静江
 映画の内容が容易に想像できると共に、詩的な響きさえ感じられるこの題名『喜びも悲しみも幾歳月』は素晴らしく、この題名が示すように、この映画は灯台守の有沢四郎(佐田啓二)とその妻きよ子(高峰秀子さん)の、喜びや悲しみに彩られた半生を描いた感動的な作品である。

 上海事変が勃発した昭和七年、若い灯台員の有沢四郎が、新妻のきよ子を伴って、東京湾の観音崎灯台に帰ってくる場面から映画は始まる。有沢は、父の危篤で故郷の信州に帰ったのであるが、父が亡くなり、葬儀を済ませ、直ぐに叔父の紹介できよ子と見合いし、結婚式まで挙げて戻ってきたのである。

 こうして、四郎ときよ子の灯台守としての生活が始まる。灯台は、当然のことながら日本の海岸沿い、特に人里離れた場所や離島にあることが多く、二人の上には灯台員ならではの苦労がつきまとう。灯台員は日本各地の灯台に転勤、赴任しなければならなかった。時には、北海道の石狩灯台のように雪深い地であったり、連絡船が週に一度のような南の島の灯台だったりもする。こうした生活環境の中でも、二人は長女の雪野が、そして長男の光太郎に恵まれれる。長女の名前は、たぶん生まれた時に雪の原野の中の石狩灯台に勤務していたことによるのであろうし、長男に光という字を使ったのは、沖行く船に灯台の光を届けたいとの思いからだったのであろう。

 有沢夫婦には、様々なことが起きる。灯台の厳しい生活環境故に、時には夫婦喧嘩が絶えないときもあったし、灯台職員の他の家族の奥さんの死に直面しなければならないときもあった。また、若い灯台員の恋愛問題に頭を悩すまこともあった。しかし二人はこうした問題を乗り越えていくのだが、この映画は、そうした夫婦やその周囲に起きることを丹念に描かいている。

 時代は、日本が戦争に向かわざるを得ない頃でもあった。灯台員にも戦争の影響は影をおとし、灯台そのものがアメリカの戦闘機の標的となり、多くの灯台員も殉職したのであった。しかしやがて戦争が終わり、日本にも、そして有沢夫婦にも平和な日々が訪れてくる。そして、美しく成長した雪野は、東京の大学に進むことができるが、長男の光太郎は大学入試に失敗して自暴自棄となり、不良と喧嘩をして死ぬという大きな悲しみにも襲われる。このとき四郎は、危篤状態だった光太郎のところにも行かずに灯台の灯を守るのであった。

 しかし、何があろうと歳月は流れていく。かつて戦争中に、なにかと面倒をみた名取家の進吾と雪野が結婚することになる。雪野と進吾は結婚式を挙げた後、新婚旅行を兼ねて進吾の勤務地のカイロへ船で向うことにした。港で見送ることをしなかった四郎ときよ子は、いまは灯台長となっていた御前崎の灯台から、二人の乗っている客船のために灯台の灯を送り、霧笛を鳴らすのであった。そしてこの霧笛に気付いた進吾も、船長に頼んで船からも霧笛を送り返すのである。こうして、雪野が乗って遠去かっていく船に二人はいつまでも手を振り続けるのであった。

 映画の最後は、新しい任地である灯台へと続く、霧の立ち込める坂道を二人が上っていく場面で終わる。雪野を嫁がせた四郎ときよ子は、再び二人だけの生活に戻るのである。坂を上っていく途中で、きよ子は四郎の前で楽しげに、ファッションショーのように周り、四郎はきよ子の着物のどこかを直してやっている。そして、四郎はおどけたような歩きをしたりして登っていくのであるが、この二人の姿に、喜びばかりではなく、悲しみにも彩られながらも、海を守る灯台守としての誇りを胸に四半世紀を生き抜き、いまは確たる信頼に結ばれた夫婦の姿を、我々は見出すのことができるのである。

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