沓掛時次郎 遊侠一匹 東映(昭和41年:1966)
監督
 加藤泰

脚本
 鈴木尚之
 掛札昌裕

音楽
 斉藤一郎

出演
 中村錦之助
 池内淳子
 東千代介
 渥美清
 清川虹子

 
 この映画『沓掛時次郎 遊侠一匹』と、同じ加藤泰監督が中村錦之助と組んだ『瞼の母』、そして山下耕作監督・錦之助による『関の弥太っぺ』は、中村錦之助の股旅物三部作と称されている。各作品とも、甲乙つけがたい名作である。

 この作品の概要は、次のようなものである。

 信州沓掛の時次郎(中村錦之助)は、自分を兄貴分と慕ってくれる身延の朝吉(渥美清)と旅を続けていたが、一宿一飯の義理から朝吉を死なせてしまった。一人となった時次郎は、また別の一宿一般の義理というもののために、六ツ田の三蔵(東千代介)と対決することになり、三蔵を殺してしまう。時次郎は、今わの際の三蔵から妻のおきぬ(池内淳子さん)と子供の太郎吉を、おきぬの伯父に送り届けてほしいと頼まれてしまう。しかし、おきぬと太郎吉を連れて伯父を訪ねてみると、伯父はすでに亡くなっていた。途方にくれた時次郎は、自分の生まれた信州・沓掛におきぬ親子を連れて行こうとするがその途中に、おきぬは労咳を発症してしまうのである。なんとしてでもおきぬ親子を沓掛に連れて行って幸せにしなければならないと願う時次郎は、甲斐甲斐しくおきぬの面倒を見るのであった。

 そうした日を送っていると、嘗て六ツ田の三蔵を手にかけたときのいざこざから傷を負わせた渡世人たちが時次郎を追ってきたが、時次郎は、おきぬ親子のためにこれらの渡世人達に無抵抗を貫くのだった。

 そしてさらに日が過ぎて春になり、おきぬの病が回復し、春祭りのころには旅立てることになったのだが、おきぬは、時次郎から渡された櫛を残して、時次郎の前から姿を消してしまうのである。

 そして一年ばかりが過ぎたころ、ある旅籠におきぬ親子を捜し求める時次郎の姿があった。
時次郎が、旅籠の女将に自分の身の上を話しているとき、かすかに流れてきた「追分」の歌声からおきぬであることに気づき、ついに時次郎はおきぬ親子と再会することができたのである。しかし、門付けをしながら宿場を渡りあるいてきたであろうおきぬは、労咳を再発したばかりでなく悪化させてしまい、明日をもしれぬ身となっていた。

 おきぬを必死に看病する時次郎であったが、おきぬの病気を直すためには高価な薬が必要であった。そんなときやくざ同士の出入が行われることがわかり、やくざ稼業から身を引いていた時次郎は、薬代を得るために、助っ人を引き受けるのであった。

 出入も無事に終わり、おきぬのところに急いで駆けつけた時次郎であったが、・・・。そして数日後、太郎吉を連れ、刀も捨てて故郷の沓掛に向かう時次郎の姿があったのである。

 この映画は、加藤泰監督の名作としての評価は高く、同じく中村錦之助主演の『瞼の母』と双璧をなすということができよう。加藤泰監督は、ほとんど地面に接するかとも思えるローアングルで、しかも長回しシーンが多い。この作品でも、時次郎が旅籠の女将に話しているシーンから、おきぬ親子と再会するまでのシーンが数分以上の長回しで撮られているが、心に残る日本映画史上屈指の名場面ということができる。

 
この映画の脚本には、長谷川伸のオリジナルにはなかった身延の朝吉の話が付け加えられており、加藤泰監督は長谷川伸の原作に忠実に映画化したいと反対したようであるが、結局は脚本家二人に従ったということである。一般には、身延の朝吉の死が、やくざ稼業の非情さを際立たせていると言われているようであるが、長谷川伸オリジナル脚本の映画を見たいという気持ちもある。そうすれば、一宿一飯の義理とはいえ、殺してしまった相手の女房に想いを寄せてしまった時次郎の葛藤が焦点となり、より悲恋性・悲劇性の高い映画になっていたのではないかということも考えられるためである。

 いずれにしろ、今の時代にこの映画のリメイクを期待する気持ちはさらさらない。いまの俳優で、錦之助に代りうる役者がいるだろうか。池内淳子さんのようなしっとりとした情感を湛えた女優さんがいるのだろうか。また最近の映画の監督は、泣いて喚いて叫ぶことが観客の感動をよぶとしか考えていないのではないか思えてしまう。かつて日本映画を支えた観客の多くは、そんなことを期待していた訳ではないのであり、加藤泰監督のような映画を、現在の監督たちに期待することができないのである。
 
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