水戸黄門 東映(昭和35年:1960)
監督
 松田定次

出演
 月形龍之介
 片岡千恵蔵
 市川右太衛門
 中村錦之助
 大友柳太朗
この映画は、ストーリを楽しむというよりは、”東映オールスター”となっているように、贔屓の出演者を楽しむ映画であったと思われる。しかし、ストーリも飽きさせることなくスピーディーに展開する。観客を楽しませることを第一に考えていたと思われる松田定次監督なればこそであろう。

 元禄四年、江戸では大火が頻発し、幕閣の懸命の努力にもかかわらず一向におさまる気配が見えなかった。そのため、水戸黄門は、助さんと格さんを伴って大火の原因を探るため身分を隠して水戸から江戸に赴いてきた。この火事は、慶安の変の由井正雪の高弟、金井半兵衛の一子金井将監が、天下擾乱を画策して起こしたものである。水戸黄門が、江戸大火の見舞に朝廷から勅使としてきた柳原大納言の協力を得て、浪人井戸甚左衛門や火消しの棟梁とこの事件を解決するという映画である。

 水戸黄門に月形龍之介、助さん格さんに東千代介と中村賀津雄、井戸甚左衛門が大友柳太郎、火消しの若棟梁に中村錦之助である。さらに片岡千恵蔵が柳原大納言、市川右太衛門が紀州藩主徳川光貞(名君として聞こえている)として出ており、大川橋蔵が、黄門の子の水戸綱條を演じている。また東映城の三人のお姫様、即ち、丘さとみさん、桜町弘子さん、大川恵子さんが花を添えている。丘さとみさんは、火事で焼け出されて火消しの棟梁の家に厄介になっている町娘、桜町弘子さんは、井戸甚左衛門の友人の浪人村尾の妹、また、大川恵子さんは水戸綱條の正室である。さらに、悪役陣も豪華であり、金井将監を山形勲 、材木商を薄田研二が演じている

 この映画の見所(楽しみ所)の一つは、大友柳太郎演ずる気のいい浪人井戸甚左衛門と、中村錦之助演ずる江戸っ子できっぷのいい火消しの若棟梁との、掛け合いである。まるで上質な漫才(今日TVで放送されているような下品な漫才の比ではない)を見ているようであり、可笑しさがこみ上げてくる。また柳原大納言が、江戸城に勅使として現れる場面では、月形龍之介、片岡千恵蔵、市川右太衛門が登場し、豪華絢爛な絵巻物をみているような気分に浸ることができる。
 水戸綱條が、”江戸大火の原因は幕府の浪人対策に問題がある”と将軍綱吉に切腹を覚悟で意見するシーンがあるが、ここに市川右太衛門の徳川光貞が登場し、”天下政道の是正ためには、徳川家が骨肉相食むことになろうとも問題ではない。水戸に立ち戻り常陸一国をあげて篭城されよ。さすれば、紀州も呼応する”と意見するところなどは、市川右太衛門のために設けられた場面であろうが、喝采を送りたくなってしまう。

 この映画はいわゆる娯楽時代劇と言われるものであろう。しかしこのような映画を見ていると、観客の広い教養を前提にしているように思われてしまうのである。例えば、水戸綱條が切腹を覚悟して登城するに当たって、大川恵子さん演ずる正室が、「遠からぬ慶長の御世、細川ガラシヤ殿の御例も伝え聞きおりまする。」と綱條に伝えるのであるが、このようなせりふを用いて、直接的ではなく決意を表現していたり、百人一首の喜撰法師の歌が、観客が当然知っているように使用されてもいる。
 水戸黄門は、現在もテレビで長寿番組として放送され、いままでも多くの俳優が演じている。また、映画でも多数の名優がそれぞれの黄門を演じている。筆者は残念ながら、大河内伝次郎や阪東妻三郎の水戸黄門を見る機会に恵まれていないが、月形龍之介の水戸黄門以外を考えることができない。月形黄門は、中村錦之助の若棟梁が映画の中でも言っているのだが、副将軍(という役職については種々意見があるが)としての威厳に満ち満ちているであり、まさに”月形黄門の前に黄門なく、月形黄門の後に黄門なし”である。丘さとみさんの本『丘さとみ』(さとみ倶楽部 編)という本を持っている。なんと、ご自身の自筆のサイン入りであるが、この本の中でインタビューに答えて以下のように言っている。

『そうね。あの人の芝居が好きなの。水戸黄門なんかやらしたら、あんなにも気品高い。歩き方しかり、セリフの抑揚、顔の表情。あんな気品があって、黄門さんがこの世にいきてたらあんな人じゃないかしらと思う感じだったもの』

 なお、蛇足であるが、日本映画の書籍をみていたら、助さん格さんを阪東妻三郎と片岡千恵蔵が演じた水戸黄門の映画があったようである。映画史上最強の助さん格さんであったかもしれない。

 事件が解決し、御大二人を除いて、黄門はじめ出演者のほとんどが一膳飯屋で祝宴を開いている場面で映画は終わる。ここで黄門が浪人井戸甚左衛門に水戸藩に200石で仕官を勧めるが(このときの中村錦之助の若棟梁の表情が秀抜である)、甚左衛門は、”人間は2石もあれば十分生活ができる。人間は余分なものを持つと持った分だけ苦労する。水戸中将様は、31万9998石ぶんだけ苦労するだんべ”といって仕官を断る。このとき、当の水戸綱條が一膳飯屋の外で聞いているのだが 、小さい頃に初めてこの映画を見たときから、なぜかこの科白が印象に残っている。「そうだ、人生はお金じゃないんだ!」と。そのためかどうかはわからないが、この年になってもお金に苦労しているような気がするが。そして月形黄門の朗々たる磯節が流れる中で、”終”の文字が出るが、なんとも心地好い終わり方である。

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水戸黄門 (1960) [VHS]