愛すれど心さびしく アメリカ(昭和43年:1968)
監督
 ロバート・エリス・ミラー

出演
 アラン・アーキン 
 サンドラ・ロック
 チャック・マッカン
 この映画『愛すれど心さびしく』は、カーソン・マッカラーズの「心は孤独な狩人」(The Heart is ALonelyHunter)を原作とする心打つ秀作であり、日本で公開されたとき映画館で見て、涙が留めどもなく流れたことを記憶している。

 映画の時代背景は、まだ人種差別が激しかった頃のアメリカ南部の小さな町である。ここに、彫金によって生計を立てている心優しいシンガー(アラン・アーキン)と、いとこの雑貨店を手伝っているアントノポロス(チャック・マッカン)が、いたわりあいながら一緒に住んでいた。二人は聾唖であるが、アントロポノスはそれに加えて知的障害があり、しばしば事件を起こしてしまうため、いとこによって別な町の病院に送られてしまう。二人をよく知っている刑事の勧めで、シンガーも病院の近くのジェフソンという町に移り、そこでケリー夫妻の家に下宿するが、そこには多感なミック(サンドラ・ロック)という娘がいた。ミックは、父が怪我をしたため収入がなくやむを得ず自分の部屋をシンガーに貸し出さなければならなかった為、始めは何かとシンガーに対して憎しみを表していた。

 シンガーは、この町で新しい生活を始めるのであるが、ここで軍隊を辞めて生きる目的を失ってしまっていた男ブラントや、人種差別から白人に対して憎しみを持ち、娘との問題を抱えている黒人医師コープランドなどを知ることになる。シンガーは、これらの人々と関わりを持ちながら、時間があるときにはアントノポロスを病院に訪問したりしていた。しかしそんな中で、ブラントがやっと職を得て働いていた遊園地で、コープランドの娘とその夫が白人と喧嘩してしまう事件がおこる。この喧嘩の原因は白人側にあったのだが、警察はコープランドの娘の夫に一方的に罪をかぶせてしまうのである。そしてこのことに腹を立てたブラントは、他の町に去ってしまい、シンガーは友人の失ってしまうのである。

 憎しみあっていたコープランドと娘であったが、コープランドが癌を患っていることが彼のレントゲン写真から分かり、娘と父コープランドとの間の憎しみも無くなっていくのであるが、それはシンガーからコープランドが離れていくことでもあった。アントロポノスも病死してしまい、一人残されてしまったたシンガーは死を選んでしまうのである。
 シンガーが亡くなった後の墓で、ミックはコープランドに対して『私が必要なとき彼はいつも私のそばにいてくれた。しかし、彼が誰かを必要としたとき、私はいなかった。』というのであるが、無償の愛を隣人たちにささげながら、結局は孤独であったシンガーに気がつくものはなかったのである。孤独であるということが、人が生きていくということにどれほど耐え難いことであるかということが、痛いほどわかって来るのである。

 受賞はならなかったが主演のアラン・アーキンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたほど、演技を越えた演技とでもいうほどの名演である。このホームページでも取り上げた「暗くなるまでまって」 においては冷酷非情な役をアラン・アーキンは演じているが、その相違に役者の凄さ、すばらしさを思ったものである。ところで、この映画ではしばしば手話が使われる。例えばシンガーが、アントノポロスをバスで別の病院に送る場面、そしてただ一人の友人であったアントノポロスを失って町を彷徨う場面などである。しかし、その手話の意味を表現する英語の字幕はなく、観客はシンガーの気持ちになって想像するしかないのであるが、この手話によるシンガーの訴えの痛ましさは心に響いてくる。

 ところでこの映画は、ほとんどの映画において最後に当然のように使われる”The End”がなく、配給会社のささやかな小さな文字が表示されてこの映画は終わるのである。そのため、素晴らしい映像と音楽、そして演出とあいまって、見る人にいつまでも余韻を残しているのである。なお、カーソン・マッカラーズの「心は孤独な狩人」はアメリカ文学が21世紀に残すべき作品のひとつとされている。


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愛すれど心さびしく [VHS]