ウィル・ペニー アメリカ(昭和42年:1967)
監督
 トム・グライス  

出演
 チャールトン・ヘストン
 ジョーン・ハケット
 ドナルド・プレザンス
 この映画『ウィル・ペニー』は、チャールトン・ヘストンの隠れた名作であると思っている。ヘストンはご存知のようにアメリカを代表する大スターであり、史劇映画になくてはならない俳優で、この『ウィル・ペニー』を撮る前に、”十戒”(56)で預言者モーゼ、”ベン・ハー” (59)でジュダ・ベン・ハー、”エル・シド”(61)でスペインの英雄エル・シド、”北京の55日”(63)でアメリカ軍のルイス少佐、”華麗なる激情”(65)でミケランジェロ、”偉大な生涯の物語”(65)で預言者ヨハネ、そして”カーツーム”(66)でイギリスのゴードン将軍等を演じてきた。 ヘストンが演じたこれらの役は、架空の人物も含めてそれぞれに英雄的な人物ばかりである。

 どこに書かれていたのか覚えていないので引用できないのだが、ヘストンはこの『ウィル・ペニー』には特別な思い入れがあったようである。この映画の主人公ウィル・ペニーは、無学だが腕の良い初老を過ぎたカーボーイであり、ヘストンがそれまでに演じてきた英雄的な人物とは異なる等身大の人間である。このことが、幾多の英雄を演じてきたヘストンにとって、この役への思い入れとなったのではないだろうか。

 映画は、テキサスからカンザスシティまで牛の群れを運ぶカウボーイ達の姿から始まる。そのカウボーイ達の一人に、齢50になろうとしているウィル・ペニーがいた。カウボーイ達はカンザスシティまで運ぶつもりであったが、実は鉄道網が発達し支線が延びていたため、途中から鉄道で牛を運ぶことになる。カウボーイ達の労働力が、鉄道という文明の発達によって次第に不要になろうとしている頃だったのである。牧場主は、ウィルの腕を見込んでカンザスシティまで雇おうとするのだが、ウィルはカンザスシティに父がいるという若いカウボーイに仕事を譲ってしまい、同様に仕事を失った仲間のブルーとダッチーの3人で新たな仕事を探すために旅立つのであった。

 三人で野営しているときである。説教師クリント(ドナルド・プレザンス)の一家とヘラジカをめぐって撃ち合いになり、クリント一家の二人を倒すもののダッチーが腹を撃たれて負傷してしまう。ダッチーを医者に見せるため町に連れて行こうとするのだが、その途中の酒場でカリフォルニアに向かって旅を続けるキャサリン(ジョーン・ハケット)とホーレスの母子に出会う。ダッチーを医者に預けたウィルは、町に残ることにしたブルーと別れ、仕事を求めてフラットアイアン牧場に行き、どうにか山の境界の見回り役として雇われる。

 こうしてやっと仕事を得たウィルであったが、見回り小屋に行ってみるとそこには酒場で出会ったキャサリン母子がいたのである。キャサリン母子は案内人に逃げられてしまい、越冬するために止むを得ず見回り小屋に住んでいたのである。キャサリン母子を追い出すことができないウィルは、牧場の境界の見回りに行き、そこでクリント一家の襲撃を受け負傷してしまうのだが、なんとか見回り小屋まで辿り着き、そこでキャサリンの手厚い看護を受けるのだった。こうしてウィルは一命をとり止め、受けた傷も癒え回復するのだが、この間ウィルとキャサリンとの間に仄かな愛が芽生える。しかし再びクリント一家に襲われてウイルとキャサリン母子が窮地に陥ったとき、傷が癒えたダッチーとブルーが駆けつけクリント一家を倒すのであるが、ウィルはキャサリンとの愛を受け入れることができず、再びブルー、ダッチーとともに旅立って行くのであった。

 以上がこの映画のおおよそのストーリーである。初めてこの映画を映画館で見たとき、一種のデジャブを感じた。そう、あの名作「シューン」を思い出したのである。シェーンでも、開拓農民スターレットの夫人とシェーンの間に微かな感情が芽生えていた(ように思われていた)のだが、最後に開拓農民達と対立するライカー一家とそこに雇われたガンマンを倒した後で、再び旅立ってしまうのである。

 しかし、シェーンとこの映画のウィルとは決定的な違いがある。シューンは無類の早撃ちの名人であったが、ウィルは小さい頃からたった一人で生きてきて、自分の名前も書けず、カーボーイの仕事しか糧を得る術を持たない無教養な人物として描写されている。幾多の伝説の英雄を演じてきたヘストンにとって、このウィルのような人物を演じたいと考えたのは、役者としてごく自然なことだったのであろうし、これに違わぬすばらしい演技を披露してくれている。クリスマスが近づき、クリスマスツリーを飾ったりしているとき、ウィルとキャサリンの間で、二人が相互の感情を確認する場面がある。小さい頃から家族というものを知らずにきたウィルにキャサリンが歌を教えるのだが、そのとき二人の手が触れてしまう。それがきっかけで二人が相互の愛情を吐露しあうのだが、このときのヘストンとキャサリンを演じたジョーン・ハケットの抑えた演技がすばらしい。

 クリント一家を倒したものの、自分の年齢やカウボーイの仕事以外に生きる術を持たないためにキャサリンを幸せにできないことを悟って、あふれ出ようとする涙を抑えて去っていこうとするウィルに、彼に対する別れの言葉をなかなか言えなかったホーレスがつぶやくように発する”Bye,Will !、Bye”の声が哀しく響いてくるのであった。

 ところで、演出上の疑問が一点ある。上記のホーレスの言葉の後で、去っていくウィルの姿に被さるように歌が流れてくるのであるが、この場面ではこの歌がないほうが、余韻がいつまでも残ったのではないだろうかということである。DVDにおいては、この歌なしのバージョンも選べるようにしてもらって、見てみたいものである。いずれにしろ繰り返すが、隠れた名作であろう。 


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